2007年02月17日
ブランド好きな日本人からブランド企業が出にくいのはなぜか
たいして海外経験もないくせに、ここで日本人論をぶつのは気が引けるが、
少々雑な前提のもとに、以下、試論をすすめさせていただく。
なぜ、日本人はブランド好きとされるのか。
それなのに、なぜ、日本からは世界的ブランドが出にくいのか。(※)
そして、以上のような問いがそもそも成り立つとしたら、私の答えは、
「日本人は価格を設定する能力に欠けているから」である。
ここで指摘されているのは、「自分の価格を設定できないのは悪である」
ということだ。つまり、価格が設定できていないことが、周りに迷惑をかける。
日本人は、なぜそうなのか知らないが、価格を設定するのが苦手だと思う。
職業上いろいろな企業(主にメーカー)に出入りするが、彼らの価格設定は
驚くほどシンプルだ。競合商品か、または原価から価格をつける。
しかし当然のことながら価格というのは、無形のものも含めた、提供する
価値に対して公平につけられるべきものである。
日本人は、品質にはうるさいかもしれないが、ものの価値を見定めるのが苦手だ。
いや、価値は見定めているのかもしれない。しかし、価格に転換できない。
だから、ブランド(=価値があらかじめ定まっているもの)を好む。
あるいは、スペックみたいに、明示されているものを参考にして、比較して買う。
そこには、自分で見出した価値に基づく妥当な価格という観点が抜けている。
その一方で、ブランドをつくるにあたっては、自ら価値を規定して、それに基づいて
価格を決めなければいけない。しかしそれは苦手だから、競合とか原価を見て
スペックを定義して、価格をつけてしまう。それでは、ブランドにはなれない。
日本人はモノづくりが得意といわれているし、それは色々な理由があるのだろうが、
原価があり、スペックがある、(日本人的に)価格がつけやすい商品であることが
日本のモノづくり産業が発展することに図らずも寄与したのではないかと思う。
ブランド企業とか、ブランド商品、あるいはブランド化している人を見て思うのは、
彼らは、自分で自分の価格(=価値)を明確に定義しているということだ。
逆に言うと、自分で自分の価値が把握できず、価格に落としこめない企業(人)は、
いつまでたってもブランドにはなれないということではないだろうか。
だから、「もっと高く売りたいので、ブランドを作りたい」という発想はそもそも
そのブランドプロジェクトの失敗を示唆しているともいえる。順番がおかしいのだ。
ちなみに、価格とは市場が決めるものだという前提が世にあるように感じるが、
「売り手が定めた価格を判断する」のが市場であって、市場は価格を決めない。
もし市場に価格を聞いたら、常に「もっと安くしろ」と答えるに決まっている。
だから、アンケートで価格について聞くのは常に難しいのだ。
とはいえ私も、自分の価格だとか、価値がまだ定義できる段階にない。
まだまだ、ブランド人への道は遠いのかもしれない。
※日本はそのGDPの割に、世界ブランドは少ないとはいえる。
特にアメリカと比較すると顕著かと。このエントリ参照。
少々雑な前提のもとに、以下、試論をすすめさせていただく。
なぜ、日本人はブランド好きとされるのか。
それなのに、なぜ、日本からは世界的ブランドが出にくいのか。(※)
そして、以上のような問いがそもそも成り立つとしたら、私の答えは、
「日本人は価格を設定する能力に欠けているから」である。
過酷な労働条件を受け入れるプログラマというのは、ダンピングをしています。
つまり、労働力の不当な安売りです。
本来、プログラマは、サービス残業を強要されたら、それを拒否すべきです。
あらかじめ無理なスケジュールだとわかっているプロジェクトも、拒否すべきです。
安い賃金で働くことも拒否すべきです。
それらを拒否せずに、受け入れるプログラマが多いから、他のプログラマまでそれらを受け入れなければならなくなるのです。(分裂勘違い君劇場)
ここで指摘されているのは、「自分の価格を設定できないのは悪である」
ということだ。つまり、価格が設定できていないことが、周りに迷惑をかける。
日本人は、なぜそうなのか知らないが、価格を設定するのが苦手だと思う。
職業上いろいろな企業(主にメーカー)に出入りするが、彼らの価格設定は
驚くほどシンプルだ。競合商品か、または原価から価格をつける。
しかし当然のことながら価格というのは、無形のものも含めた、提供する
価値に対して公平につけられるべきものである。
日本人は、品質にはうるさいかもしれないが、ものの価値を見定めるのが苦手だ。
いや、価値は見定めているのかもしれない。しかし、価格に転換できない。
だから、ブランド(=価値があらかじめ定まっているもの)を好む。
あるいは、スペックみたいに、明示されているものを参考にして、比較して買う。
そこには、自分で見出した価値に基づく妥当な価格という観点が抜けている。
その一方で、ブランドをつくるにあたっては、自ら価値を規定して、それに基づいて
価格を決めなければいけない。しかしそれは苦手だから、競合とか原価を見て
スペックを定義して、価格をつけてしまう。それでは、ブランドにはなれない。
日本人はモノづくりが得意といわれているし、それは色々な理由があるのだろうが、
原価があり、スペックがある、(日本人的に)価格がつけやすい商品であることが
日本のモノづくり産業が発展することに図らずも寄与したのではないかと思う。
ブランド企業とか、ブランド商品、あるいはブランド化している人を見て思うのは、
彼らは、自分で自分の価格(=価値)を明確に定義しているということだ。
逆に言うと、自分で自分の価値が把握できず、価格に落としこめない企業(人)は、
いつまでたってもブランドにはなれないということではないだろうか。
だから、「もっと高く売りたいので、ブランドを作りたい」という発想はそもそも
そのブランドプロジェクトの失敗を示唆しているともいえる。順番がおかしいのだ。
ちなみに、価格とは市場が決めるものだという前提が世にあるように感じるが、
「売り手が定めた価格を判断する」のが市場であって、市場は価格を決めない。
もし市場に価格を聞いたら、常に「もっと安くしろ」と答えるに決まっている。
だから、アンケートで価格について聞くのは常に難しいのだ。
とはいえ私も、自分の価格だとか、価値がまだ定義できる段階にない。
まだまだ、ブランド人への道は遠いのかもしれない。
※日本はそのGDPの割に、世界ブランドは少ないとはいえる。
特にアメリカと比較すると顕著かと。このエントリ参照。
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1. View point [ 〔N〕水泳・競泳情報のSWIMMING VIEW ] 2007年02月18日 14:41
・メルボルン世界水泳選手権(3/25〜4/1)に向けて世界が動き始めましたよ!...
この記事へのコメント
1. Posted by tommy=breakfree
2007年03月08日 03:44
はじめてコメントさせていただきます、とみーです。
デザイナーのたくさんいるトリノで、
なかなかいない胡散臭い職、
車のデザイン企画をしております。
そうですね。
お客さんの目はモノのもっている
世界観やその内実ではないのですね。
こちらで思うのは、
商品を自分の納得いく丁寧で、
官能的な仕事が、
高い値段に見合うか価値をうみ、
CIをはる誇りをうむんだということ。
ブランドは
あとからできるものなんですよね。
こういうものをつくったから、
こういう価格でうりたい。
が本当は先なはず。
日本の作り手ももしかしたら、
引っ込み思案なのかもしれませんが。
(確かに、欧州では、
日本車に関して、
使い勝手や品質の徹底が
評価されていても、
ブランド価値は
なかなかあがっていないことや、
間違った価格設定が誤解を呼んで、
評価を低めていることも、
原因のひとつなのかもしれまん。。。)
デザイナーのたくさんいるトリノで、
なかなかいない胡散臭い職、
車のデザイン企画をしております。
そうですね。
お客さんの目はモノのもっている
世界観やその内実ではないのですね。
こちらで思うのは、
商品を自分の納得いく丁寧で、
官能的な仕事が、
高い値段に見合うか価値をうみ、
CIをはる誇りをうむんだということ。
ブランドは
あとからできるものなんですよね。
こういうものをつくったから、
こういう価格でうりたい。
が本当は先なはず。
日本の作り手ももしかしたら、
引っ込み思案なのかもしれませんが。
(確かに、欧州では、
日本車に関して、
使い勝手や品質の徹底が
評価されていても、
ブランド価値は
なかなかあがっていないことや、
間違った価格設定が誤解を呼んで、
評価を低めていることも、
原因のひとつなのかもしれまん。。。)

