2007年05月11日
ブログとコミュニケーション、アフォーダンスとGoogle
「石の目的は何か?」と聞かれて、即答できる人は少ないだろう。
でも石のことは説明できるし、石はどう使えるか、なら答えられる。
そして、人によっては、石に目的を見出すはずだ。墓石屋さん、宝石屋さんなど。
少年は、川に向かって投げるためのものとして、石を捉えるだろう。
ブログも同じことだと思う。「ガ島通信」に、以下のような記事が出ていた。
世の中には、「目的は何か?」という問いで済まないものがある。
ガ島通信にも書いてあるとおり、話すこと、生きることもそうだ。
この場合、答えではなく、問いが間違っているのだろう。
答えの間違いはよく取り上げられるが、問いの間違いが意識されることは少ない。
「人生の目的は何?」「なぜ勉強しなければいけないの?」という問いはよくあるが、
問いが間違っているのではないか。問いが違っていれば、もちろん、答えはない。
(※主観的・個人的な問いとしては間違っていない。後述)
だいたいのことは、正しく問いが立てば、半分は解決する。
このあたりは、故P.F.ドラッカーが盛んに指摘していたところで、彼の真骨頂でもある。
話を戻すと、ブログというのは石と同じ構造になっていて、
一般的・普遍的・客観的な意味合いでの目的というものはない。
それはコミュニケーションも同じだ。達成すべき目的が自明にあるのではなくて、
人により、場合により、意味や目的を見出しうるということだろう。
広告もそういうところがある。
それは現代における広告がコミュニケーションの要素を多分に含むからだ。
「広告費は無駄」「広告の目的がはっきりしない」という人は見当違いをしている。
広告をコミュニケーションでなく、単にプロモーションと割り切るのならいいが。
しかし、それは受け手の多様な利用可能性を捨てることになる。
これは、アフォーダンスの概念だ。
ある種のものは、普遍的・客観的な目的がない。
個々人や場合によって、目的や意味が見出される、という考え方。
ブログやコミュニケーション、そして石のようなものは、可能性の塊と表現できる。
それで、急にGoogleの話。Googleの目的はなんだろう。戦略といってもいい。
彼らは、「世界中の情報を整理する」というようなことを言っている。
Googleのサービスには、目的がよくわからないものが多い。
どうやって儲けるつもりなのか?戦略はあるのか?
いまのところは広告で成り立っているが、広告の入らないサービスもある。
私見だが、彼らは「石」になろうとしている、と思う。
石のように、それを利用する人が「意味や目的を見出しうる」設計。
利用者(もしくはGoogle)が意味や目的を発見した「後に」、すばやくそれに
最適化するような形でサービスを調整している・・・そういう印象を受ける。
実例で言うと、まずは検索エンジンを提供し、利用者が情報収集という目的を
発見し、企業が広告出稿という目的を発見したうえで、Adsenseというサービスを
Googleが最適化させて、収益を得るという考え方だ。
Googleは、今のような事業シナリオを予期して、そのストーリーを戦略化して
立ち上げたわけではないのではないか。
おそらく彼らは、テクノロジーのアフォーダンスに興味があるはずだ。
「石」のような、利用可能性のあるものをつくり、その意味をあとから発見する(される)。
その場合、とにかく「石」を作ってみて利用してもらうこと、そこから目的や意味を発見して
すばやくビジネススキームに落とし込んでいくことが必要になる。
だからWeb系のサービスで重要なことは「とにかく作り、公開する」になるのだろう。
誰が、どういった意味や目的を見出すかは、公開しないとわからない。
ガ島通信の場合で言うと、この場合の答えは、「やってみればわかる」だろうか。
目的や意味は、そこから初めて、個人的に見出されていくものだから。
でも石のことは説明できるし、石はどう使えるか、なら答えられる。
そして、人によっては、石に目的を見出すはずだ。墓石屋さん、宝石屋さんなど。
少年は、川に向かって投げるためのものとして、石を捉えるだろう。
ブログも同じことだと思う。「ガ島通信」に、以下のような記事が出ていた。
NHKクローズアップ現代を見た友人から「ブログって誰の為にあるの?」というメールが届きました。短いメールだけれど、とても本質的な問いだと思ったので、少し考えてみます。 ・・・(中略)・・・ブログは誰の為にあるのか、というのは「なぜ話すのか」「なぜ生きているのか」という問いに似ています。
世の中には、「目的は何か?」という問いで済まないものがある。
ガ島通信にも書いてあるとおり、話すこと、生きることもそうだ。
この場合、答えではなく、問いが間違っているのだろう。
答えの間違いはよく取り上げられるが、問いの間違いが意識されることは少ない。
「人生の目的は何?」「なぜ勉強しなければいけないの?」という問いはよくあるが、
問いが間違っているのではないか。問いが違っていれば、もちろん、答えはない。
(※主観的・個人的な問いとしては間違っていない。後述)
だいたいのことは、正しく問いが立てば、半分は解決する。
このあたりは、故P.F.ドラッカーが盛んに指摘していたところで、彼の真骨頂でもある。
話を戻すと、ブログというのは石と同じ構造になっていて、
一般的・普遍的・客観的な意味合いでの目的というものはない。
それはコミュニケーションも同じだ。達成すべき目的が自明にあるのではなくて、
人により、場合により、意味や目的を見出しうるということだろう。
広告もそういうところがある。
それは現代における広告がコミュニケーションの要素を多分に含むからだ。
「広告費は無駄」「広告の目的がはっきりしない」という人は見当違いをしている。
広告をコミュニケーションでなく、単にプロモーションと割り切るのならいいが。
しかし、それは受け手の多様な利用可能性を捨てることになる。
これは、アフォーダンスの概念だ。
ある種のものは、普遍的・客観的な目的がない。
個々人や場合によって、目的や意味が見出される、という考え方。
ブログやコミュニケーション、そして石のようなものは、可能性の塊と表現できる。
それで、急にGoogleの話。Googleの目的はなんだろう。戦略といってもいい。
彼らは、「世界中の情報を整理する」というようなことを言っている。
Googleのサービスには、目的がよくわからないものが多い。
どうやって儲けるつもりなのか?戦略はあるのか?
いまのところは広告で成り立っているが、広告の入らないサービスもある。
私見だが、彼らは「石」になろうとしている、と思う。
石のように、それを利用する人が「意味や目的を見出しうる」設計。
利用者(もしくはGoogle)が意味や目的を発見した「後に」、すばやくそれに
最適化するような形でサービスを調整している・・・そういう印象を受ける。
実例で言うと、まずは検索エンジンを提供し、利用者が情報収集という目的を
発見し、企業が広告出稿という目的を発見したうえで、Adsenseというサービスを
Googleが最適化させて、収益を得るという考え方だ。
Googleは、今のような事業シナリオを予期して、そのストーリーを戦略化して
立ち上げたわけではないのではないか。
おそらく彼らは、テクノロジーのアフォーダンスに興味があるはずだ。
「石」のような、利用可能性のあるものをつくり、その意味をあとから発見する(される)。
その場合、とにかく「石」を作ってみて利用してもらうこと、そこから目的や意味を発見して
すばやくビジネススキームに落とし込んでいくことが必要になる。
だからWeb系のサービスで重要なことは「とにかく作り、公開する」になるのだろう。
誰が、どういった意味や目的を見出すかは、公開しないとわからない。
ガ島通信の場合で言うと、この場合の答えは、「やってみればわかる」だろうか。
目的や意味は、そこから初めて、個人的に見出されていくものだから。
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1. [ブログ記事紹介][IT]アフォーダンスの予測精度と組織改革 [ My Image Ltd. ] 2007年05月15日 07:55
広告βは唯一私が全部の記事を欠かさず読んでいるブログです。このブログに興味深い記事が載っていたので紹介します。記事の肝を紹介しますと、 おそらくGoogleは、テクノロジーのアフォーダンスに興味があるはずだ。 「石」のような、利用可能性のあるものをつくり、その意

