2007年05月21日
プレゼンを受ける側になって思う
最近たまたま、他の人のプレゼンを見たり、自分がプレゼンを受ける側になる
機会に恵まれて、いろいろと学ぶことがあった。
今までも、同じチームの誰かがプレゼンをするのを横で見ている事は多かったけど、
それとは異なる観点でプレゼンを見られて、とても勉強になる。
いつかビデオカメラを買って、自分のプレゼンを録画して、冷静に見直したい。
スポーツ選手だって、自分のプレイをビデオにとって研究するわけだし。
(最近、やたらとスポーツでのトレーニング手法が気になるお年頃。)
で、先日、比較的若い外部の人からのプレゼンを受けた。
普段自分がしょっちゅうプレゼンをしてるだけに、見る眼が厳しくなっている。
意外にいちばんひっかかったのは、その髪型だった。
なんというか、もこみち風というのか、ややジャニーズにも似た、
ミディアムロングくらいの髪型で、清潔感はあった。でも「頭がよさそうじゃない」。
なんだそれといわれそうだが、後から考え直してみると自分はそう感じた。
たぶん、プレゼンから受けた印象の幾分かを左右しているはずだ。
そんなことで左右される自分が情けないが、でも左右されてしまったのである。
それと、あまり自信がなさそうだった。
広告の新手法のようなものをプレゼンしてもらっていたのだが、言わされている
ような感じのプレゼンで、本当に売れるのかな、大丈夫かな?と心配になった。
内容はそれなりに興味深いと思ったのだが、そこでまた印象が左右されてしまった。
私も一応広告業界の端くれで、普段からそれなりにいろいろ考えている分野であるため、
「適当なことを言ってくれるなよ」という嫌味な反発心が働いたのかもしれない。
このことで逆に思い出すのは、いつか見た外資系広告会社のプレゼン。
なんだかとても自信満々なのだ。まず、資料は全く見ない。ずっと喋り倒す。
演説をしているかごとく、また、明らかな真実を確かめるがごとく話す。
逆に疑念を持つこちら側が恐縮してしまうくらいだ。あれには恐れ入った。
外資系といえば、戦略コンサルティング会社では、プレゼン前に社内で、
お偉いさん相手にプレゼンのリハーサルをするようだ。
そして、そのお偉いさん(パートナー)がガンガンに突っ込み倒す。罵倒するらしい。
そういうプロセスを経ているので、本番で緊張せず、自信満々なのも
むべなるかなといったところだ。リハーサルは大切だなあと改めて思う。
これは最近ブログ界隈で見聞きしたことだが、プレゼンを受ける側だって、
時間を割いて聞きに来ているわけだ。その時間があれば他の仕事ができる。
それをわざわざ時間を割いてきているのだから、それに足るレベルの話を
しなければいけない。
する側にしてみれば、無理なスケジュールだったり、嫌な上司に押し付けれてたりと
いろいろ言い訳したいことはあるのだけれど、やはりその辺は言い訳なんだろう。
人は見た目が8割説ではないが、言語以外のものにも気を使う機会になった。
というわけで、今日、髪を切った。「頭がよく見えるようにしてください」と。
機会に恵まれて、いろいろと学ぶことがあった。
今までも、同じチームの誰かがプレゼンをするのを横で見ている事は多かったけど、
それとは異なる観点でプレゼンを見られて、とても勉強になる。
いつかビデオカメラを買って、自分のプレゼンを録画して、冷静に見直したい。
スポーツ選手だって、自分のプレイをビデオにとって研究するわけだし。
(最近、やたらとスポーツでのトレーニング手法が気になるお年頃。)
で、先日、比較的若い外部の人からのプレゼンを受けた。
普段自分がしょっちゅうプレゼンをしてるだけに、見る眼が厳しくなっている。
意外にいちばんひっかかったのは、その髪型だった。
なんというか、もこみち風というのか、ややジャニーズにも似た、
ミディアムロングくらいの髪型で、清潔感はあった。でも「頭がよさそうじゃない」。
なんだそれといわれそうだが、後から考え直してみると自分はそう感じた。
たぶん、プレゼンから受けた印象の幾分かを左右しているはずだ。
そんなことで左右される自分が情けないが、でも左右されてしまったのである。
それと、あまり自信がなさそうだった。
広告の新手法のようなものをプレゼンしてもらっていたのだが、言わされている
ような感じのプレゼンで、本当に売れるのかな、大丈夫かな?と心配になった。
内容はそれなりに興味深いと思ったのだが、そこでまた印象が左右されてしまった。
私も一応広告業界の端くれで、普段からそれなりにいろいろ考えている分野であるため、
「適当なことを言ってくれるなよ」という嫌味な反発心が働いたのかもしれない。
このことで逆に思い出すのは、いつか見た外資系広告会社のプレゼン。
なんだかとても自信満々なのだ。まず、資料は全く見ない。ずっと喋り倒す。
演説をしているかごとく、また、明らかな真実を確かめるがごとく話す。
逆に疑念を持つこちら側が恐縮してしまうくらいだ。あれには恐れ入った。
外資系といえば、戦略コンサルティング会社では、プレゼン前に社内で、
お偉いさん相手にプレゼンのリハーサルをするようだ。
そして、そのお偉いさん(パートナー)がガンガンに突っ込み倒す。罵倒するらしい。
そういうプロセスを経ているので、本番で緊張せず、自信満々なのも
むべなるかなといったところだ。リハーサルは大切だなあと改めて思う。
これは最近ブログ界隈で見聞きしたことだが、プレゼンを受ける側だって、
時間を割いて聞きに来ているわけだ。その時間があれば他の仕事ができる。
それをわざわざ時間を割いてきているのだから、それに足るレベルの話を
しなければいけない。
する側にしてみれば、無理なスケジュールだったり、嫌な上司に押し付けれてたりと
いろいろ言い訳したいことはあるのだけれど、やはりその辺は言い訳なんだろう。
人は見た目が8割説ではないが、言語以外のものにも気を使う機会になった。
というわけで、今日、髪を切った。「頭がよく見えるようにしてください」と。
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2. プレゼンをする時の心構え [ Stack Stock ] 2007年05月24日 03:51
プレゼンを受ける側になって思うというエントリを読んだ。いつもお世話になっている広...
この記事へのコメント
1. Posted by joshua
2007年05月21日 10:15
外資系です。
本文中の人と一緒かわかりませんが、たしかに見た目はやたら言われますね。
クライアントとプレゼンの内容と一緒にプレゼンをする人との立ち位置の関係、を考えろと。
時に、頭がよさそうに、
時に、おしゃれとは何かを知っていそうに、
時に、若者の代表であるかのように。
服装、髪型、メガネ、髭など全部変えます。
おそらく、どんな人が話すと最も説得力があるかというだけの話です。
しゃべり方も変えるべきなのですが、これはなかなかできず。。。
本文中の人と一緒かわかりませんが、たしかに見た目はやたら言われますね。
クライアントとプレゼンの内容と一緒にプレゼンをする人との立ち位置の関係、を考えろと。
時に、頭がよさそうに、
時に、おしゃれとは何かを知っていそうに、
時に、若者の代表であるかのように。
服装、髪型、メガネ、髭など全部変えます。
おそらく、どんな人が話すと最も説得力があるかというだけの話です。
しゃべり方も変えるべきなのですが、これはなかなかできず。。。
2. Posted by 著者
2007年05月22日 02:42
>joshuaさん
こんばんは。外資系ですか〜。私が見た外資系の人は本当に外国人だった(英語)のですが、彼らはプレゼンに本気だなあ、という印象がありました。言う内容も大切だけども、どう伝えるかも重要ですよね。自分は「正しい内容を話せば伝わる」と日本的美学?がまだ出てしまうので甘いかな、と思います。
見た目とか話し方とか、自分のポリシーも絡むので難しいですよね。これはプロ失格なんでしょうか。
こんばんは。外資系ですか〜。私が見た外資系の人は本当に外国人だった(英語)のですが、彼らはプレゼンに本気だなあ、という印象がありました。言う内容も大切だけども、どう伝えるかも重要ですよね。自分は「正しい内容を話せば伝わる」と日本的美学?がまだ出てしまうので甘いかな、と思います。
見た目とか話し方とか、自分のポリシーも絡むので難しいですよね。これはプロ失格なんでしょうか。
3. Posted by joshua
2007年05月22日 10:18
>広告βさん
こんにちは。「正しい内容を話せば伝わる」は僕も信じたいところです。「見た目とか話し方」に対する意識は、文化差なのではないか、と最近考えています。一神教を背景とした文化では、外見や話し方が変わっても自分は揺らがないと発想し、多神教を背景に持つ文化では、一つ一つのディテールがものを構成すると考えるので外見も話し方も自我の一部と考える。結果、見た目などは変えづらいのではないか。仮説ですが。どちらが良いとは思いませんが、前者のほうが「相手にどのように伝えようか」と考えやすい環境ではある気がします。でも、なんだかんだ言っても、一番良い広告が売れる環境を理想とする発想でいたいです。
こんにちは。「正しい内容を話せば伝わる」は僕も信じたいところです。「見た目とか話し方」に対する意識は、文化差なのではないか、と最近考えています。一神教を背景とした文化では、外見や話し方が変わっても自分は揺らがないと発想し、多神教を背景に持つ文化では、一つ一つのディテールがものを構成すると考えるので外見も話し方も自我の一部と考える。結果、見た目などは変えづらいのではないか。仮説ですが。どちらが良いとは思いませんが、前者のほうが「相手にどのように伝えようか」と考えやすい環境ではある気がします。でも、なんだかんだ言っても、一番良い広告が売れる環境を理想とする発想でいたいです。
4. Posted by 著者
2007年05月23日 03:15
>joshuaさん
確かにそんな気が私もします。一神教との結びつきなのか、論(主題)と自我を切り離して考える。議論をしていても、発言者と発言内容を切り離しているので、感情的にもつれたりすることが少ないように感じます。このエントリで書いたことで救いなのは、ある程度継続的な関係さえ結べれば、そのうち見た目でどうこう、印象でどうこうということがなくなってくることです。ただやっぱり、はじめての人に、一発勝負というところでは問題が残りますが・・・
確かにそんな気が私もします。一神教との結びつきなのか、論(主題)と自我を切り離して考える。議論をしていても、発言者と発言内容を切り離しているので、感情的にもつれたりすることが少ないように感じます。このエントリで書いたことで救いなのは、ある程度継続的な関係さえ結べれば、そのうち見た目でどうこう、印象でどうこうということがなくなってくることです。ただやっぱり、はじめての人に、一発勝負というところでは問題が残りますが・・・

