2007年08月23日

幻想の落とし前

Googleも気になるんだけれど、広告業界的にもっと気になるニュース。
車を買わず、酒もあまり飲まない。休日は自宅で過ごす。無駄な支出を嫌い、貯蓄意欲は高い――。日本経済新聞社が首都圏に住む20代の若者を対象に実施したアンケート調査の結果、予想以上に堅実でつましい暮らしぶりが浮き彫りになった。消費を喚起するにはかなり手ごわい相手といえそうだ。(NIKKEI NET

実は上記の若者はそのまますべて私に当てはまってしまうのだが、私と同じ
20代の人たちは、以下のようなものにどのような反応を示すだろうか。
ほしいものはいつでも
あるんだけどない
ほしいものはいつでも
ないんだけどある
ほんとうにほしいものがあると
それだけでうれしい
それだけはほしいとおもう
ほしいものがほしいわ

(糸井重里、西武百貨店、1988)

バブル期真っ只中、まさにこれぞ!な広告である。
私に限って言えば、だが、奇妙なことに、共感してしまう。

ほしいものは、単なる「もの」ではなくて、その先になにかがある。
そこにたどり着くために、「もの」を経由しているだけだ。
その先にあるなにかを多分私は欲しているのだけれど、思いつかない。

「その先のなにか」は多分、幻想だ。マススケールなら、共同幻想。
共同幻想で思い出したが、そういえば恋愛もそのように言われる。
「恋愛なんて共同幻想じゃないか」。どこかで聞いたような気がする。

幻想が嫌われるようになったのだろうか。
まったくもって印象論だが、幻想を作り出そうとする人は減っているし、
幻想という存在に共感をしめそうとする人も減っている気がする。
幻想の逆は「リアル」だが、リアルってなんだろう。

その関連で言うと、このあたりの記事が気になる。
いつのまにかストリートスナップは、日本のファッション雑誌各誌の定番人気コンテンツと化しました。プロの編集員が書いたり、ファッション企業が流行を作り出そうと仕掛けてくる本編記事よりも、ストリートスナップコーナーを眺めている方がリアルで楽しいと思うのは、私だけでしょうか?(ファッション流通ブログde業界関心事

もしかすると、いつのまにか、欲望の編集力において、プロフェッショナルは
リアルなストリートユーザーに追い越されてしまったのかもしれない。
もしかするとこれからは、セレクトショップのような「リアルカリスマユーザー」が、
いくつかに分かれたクラスターの中で、消費を引っ張っていくのかもしれない。

しかし、である。どちらかというと提供側にある私は、過去に聞いた
この言葉を思い出しながら、どうしていいものか悩む。
「君がいいって言ったじゃないか」と言うようではダメ。
「だからいいって言っただろう?」と言うようでないと。

私は幻想が悪いとは思っていない。だが、幻想には責任が必要だと思う。
「リアルカリスマユーザー」は、自分の幻想に自分で責任をとっている。
プロは、どうやって責任を取るのだろうか。そして、誰の責任だろうか。
そこで「『君』がいいって言ったじゃないか」と言うことだけは、避けたい。

koukokugyokai at 03:49 │Comments(5)TrackBack(0)

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この記事へのコメント

1. Posted by RJ    2007年08月23日 14:36
20代です。
都内在住、車なし、酒はあまり飲まないですね。
周りの人より消費意欲はありますが。
車は高いですね。特に維持費が。
60回払いにすれば外車でも買えるけど、駐車場代が払えない。

幻想は・・・むずかしいでしょうね。
「きっと給料上がるよね」みたいな楽観はできないですし。

リアルって、リアルタイムなんだと思います。
ブログをやっていて思うのは、
ファッション雑誌は月刊であり、それがとてつもなく遅い、ということ。
対して、ブログは日刊。
自分が足でかせいだ情報が雑誌より早いことがあります。
2. Posted by 犬太郎    2007年08月23日 19:20
 いつも楽しく読ませてもらってます。少し記事の内容から逸れますが、思うところがあったのでコメントさせて下さい。
 当方も職務上は(古いほうのメディアの)提供側の人間なのですが、これまで被提供側だった人々が直接情報のやりとりをしているのを見るにつけ、自分の仕事が果たして定年まで存在するのだろうかと不安になることがあります。消費者同士、ないしは「リアルカリスマユーザー」に導かれてゆるやかに結びついたコミュニティのフットワークの軽さには驚かされます。
 an・anなど女性誌の「1000人に聞きました!私たちのリアルセックス!」といった特集や、ファッション誌の「街角ストリートスナップ」的な特集(どちらも各誌の稼ぎ頭のひとつですが)は、すでにブログを何らかの方法でソートすれば、簡単に読めてしまいます。しかもこのコンテンツには編集長がいなければ、プランナーもいないのが凄まじい。
3. Posted by 著者(広告β)    2007年08月24日 02:36
>RJさま
そうですね。リアルタイムのスピードは速い。もう、ほとんど同時と言ってもいいと思います。でもそこを相対化して、リアルタイム性でない何か、を提供する。あるいは、リアルタイムではないが確かにある価値。そういうものを真面目に提供し、その意味を認めてもらうような、その種の責任感がむしろ問われると思います。あんまり相手に付き合いすぎないことも、ときには重要な気がするのですが、いかがでしょうか。もしかしたら今までが楽過ぎたのかもしれません。
4. Posted by 著者(広告β)    2007年08月24日 02:38
>犬太郎さま
定年の不安みたいなものは、私も感じますね。場合にもよりますが、間違いなく要求レベルは上がっていると感じます。「誰でも一生に一回は、小説が書けるものだ」。誰かが言っていました。いま、その「誰か」はそこかしこにいますね。しかしあの「ひろゆき」さんはこう言ってたりもします。「ガリレオ・ガリレイの時代に集合知があっても、地球が回っているということにはならなかった」。地球が回っていると言えというのは厳しいですが、消費者=常に正しい、常に未来、と思考停止しないことがプロに求められているのではないかと思います。
5. Posted by tokapeb    2007年08月24日 16:22
5 非常におもしろいエントリーでした。

私も20代後半で、広告業界(WEB系広告代理店)にいるのですが、目から鱗でした。
なんか頭がすっきりした感じがします。

広告が価値を啓蒙できる時代はとっくの前に終わっていて、もう消費者の感性に寄せていくだけ、になっているのかもしれませんね。

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