2007年11月24日

ユニクロと無印と「普通」の想像力

SPA(自分で作って自分で売る業態)の雄、ユニクロと無印。
一時期、似た立ち位置にあるように見えた2つのブランドが、動いている。

ユニクロは記号性を高め、流行を発信しようとしている。
バストイレ系のアイテムでは「ホテル」というコンセプトを打ち出し、
雑誌のようなスタイル提案を始め、サイト制作においても業界の
スタークリエイターを片っ端から起用している印象がある。
タレント広告も、以前からやっていたが、露骨さを増した気がする。
いつでも、どこでも、だれでも着られる、
ファッション性のある高品質なベイシックカジュアルを
市場最低価格で継続的に提供する。
そのためにローコスト経営に徹して、
最短、最安で生産と販売を直結させる。 (ユニクロ−ミッション&ビジョン
これらの方針は、同社の世界戦略から影響されているのかもしれない。
世界に目を転じれば、H&Mなどのメガブランドが存在する。
彼らは、新しいファッションをいち早く取り入れ、そこそこの価格で提供する。
その際に、有名なタレントとのコラボレーションなどをするのが特徴的だ。

対して無印。
最近ドラスティックな変化があったわけではないが、大きな変化がある。
それはコンセプト「これがいい、より、これでいい」の導入である。
無印良品は地球規模の消費の未来を見とおす視点から商品を生み出してきました。それは「これがいい」「これでなくてはいけない」というような強い嗜好性を誘う商品づくりではありません。無印良品が目指しているのは「これがいい」ではなく「これでいい」という理性的な満足感をお客さまに持っていただくこと。つまり「が」ではなく「で」なのです。しかしながら「で」にもレベルがあります。無印良品はこの「で」のレベルをできるだけ高い水準に掲げることを目指します。(無印良品−無印良品の未来
もともと無印は「わけあって、安い」という、省く系のコンセプトから始まった。
このコンセプトは秀逸だったものの、商品種類を広げにくいものだったと思う。
加えて、単にシンプルにするだけでは真似されてしまうし、シンプル=良質ではない。
当初はノーデザインを目指しましたが、創造性の省略は優れた製品につながらないことを学びました。(無印良品−無印良品の未来
「これでいい」というコンセプトは、単にシンプルということではなく、
「最高の最低限」を狙っている。そのためには高度なデザインスキルが必要だ。
そのために、深澤直人などのデザイナーを起用している。
有名人起用という点ではユニクロと共通するが、彼らの名前は表には出ない。
いずれにせよ、このコンセプトであれば、前よりも広がりが出ることは確かだ。

思えば、両社は、同じ点で成長し、同じ点で失敗したと思う。

両社を受け入れたのは、「(中途半端な)作為なんていらない」という感性だ。

安物Tシャツに意味不明の英語が書かれていたり、
わけもなくビビッドなプラスチックの生活用品があったり。
ファッション性やブランドへの誤認から生まれた、まさに中途半端な商品。
そういうものへの反発が、無印やユニクロを受け入れさせたのだと思う。

記号性を排除し、消費者の感性を信頼して作られた商品。それが売れた。
それはある意味において、消費者が成熟したということかもしれない。
「普通」の感性が、供給者の考えるそれを追い越した瞬間だった。

しかし、そういった一般的には「反ブランド」的なアプローチも、それ自体が記号化する。
そして、どちらもスケールを拡大したあげく、陳腐なものと見なされてしまった。
消費者のスケールからすると、自分の身の回りで「かぶり」、それであることが「ばれる」
ようになると黄信号。「笑われる」ようになるとアウト。で、両社ともアウトになった。
よく居酒屋チェーンは母体を同じくしながら、いくつかのコンセプトで店を分け
同じ名前の店が増えすぎないように調整したりするが、それを見習うべきだったのかもしれない。


世の中には、「別にそれほどこだわってない」普通の人たちが多くいる。
しかし、「こだわってない」ということと、「なんでもいい」というのは全く異なる。
普通の感性は、「こだわってない」「なんでもいい」の間のどこかにある。
そんな普通の人たちの感性が、ユニクロと無印を育てたのだと思う。

普通の感性を捉えることは、非常に難しい。
それは一定ではないし、最先端みたいに目立つところにもいない。
いろいろなものから影響を受け、変化し続ける。単なる多数決でもわからない。
高度な観察力と哲学、微妙なバランスを見極めることが必要だろう。

結果として、ユニクロは「普通とは遅れてきた最先端だ」と定義しているように見えるし、
無印では「普通とは高いレベルの『これでいい』のことである」としたようだ。

結果がどうなるのかはわからないが、何か言えることがあるとすると
「見え方」を両社ともにもっと気にした方がいいということだろう。
両社の失敗は「見え方」のハンドリングに失敗したところが多分にある。
普通の人のスケールで見てどういう状態にあるか。繊細だが、大切にすべきことと思う。

koukokugyokai at 01:15│Comments(13)TrackBack(4)

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1. [ネタ][読み物]ユニクロと無印と「普通」の想像力  [ 横たわるのは犬と豚。 ]   2007年11月24日 22:57
http://kokokubeta.livedoor.biz/archives/51223695.html (広告β) ちょっとおもしろい読み物。でもとっくに無印は「普通」を脱していると思うけどなあ。普通であり続けてるのは東急ハンズだと思うわけです。 無印良品の「改革」―なぜ無印良品は蘇ったのか 作者: 渡辺米
2. 無印とユニクロ  [ en-pr ]   2007年11月27日 02:07
メモ。 http://kokokubeta.livedoor.biz/archi...
3. 「普通の人」の注意を喚起するには  [ あちら側とこちら側の日常 ]   2007年11月30日 21:00
広告βさんのブログを拝見して、以下
4. 普通を想像するということはとてもすごいって話  [ babypowder.jp ]   2007年12月02日 11:57
ユニクロと無印と「普通」の想像力 を見て、改めて普通という状態は完成度が高いとい...

この記事へのコメント

1. Posted by KURAGE   2007年11月25日 06:28
あまりの鋭い考察に、シビれました。

この朝方からブックマークを整理していたのですが、
「広告β」さんのブックマークは、
これまで通り置いておこうと思った次第です。

いや〜、シビれた。

2. Posted by 著者(広告β)   2007年11月27日 02:00
>KURAGEさん

いえいえ恐縮です。いくつか調べたものをまとめただけですが意外に反応があってビックリしました。短く書くことを考えたので、いくつか論点を落としていること、ご了承ください。

加えて、このエントリに関しては引用しませんでしたが、ユニクロについて考えるにあたってはこちらのエントリが非常に参考になりました。元エントリの作者さんにも感謝です。

■ユニクロは、日本の人民服である。(ある広告人の告白(あるいは愚痴かもね))
http://mb101bold.cocolog-nifty.com/blog/2007/09/post_b7d3.html
3. Posted by mb101bold   2007年11月27日 13:48
広告βさん、はじめまして。非常に興味深く読ませていただきました。

ユニクロの今を考えるに、気になったことがあります。ずいぶん前ですが、柳井さんが復帰したとき、拡大路線になりましたよね。そのとき、どうして企業という生き物は拡大を目指すんだろうな、と不思議に思ったんですね。

ロゴも若干変わりましたよね。あれも人の嗜好によって好き嫌いが変わる方向性での変化でした。ほんとどこへ行こうとしているのかが、気になります。H&M的なものなのか。多ブランド戦略なのか。

無印については、ああいうコンセプトであれば品質を守るために、あのくらいの規模を保守していくということに課題が移っているのかなあ、と思います。無印は、一度拡大による失敗を経験していますから。
4. Posted by T   2007年11月28日 00:39
> で、両社ともアウトになった。
ここが2ch的なステロタイプな破綻をしていると思いました。
むしろ大衆または、ノンブランド主義者(意外に金持ちに多い)は、
被ることなど気にしていません。
ユニクロも無印も、卑屈なオタクなど相手にしていませんし、
相手にしなくても、現に売れ続けていますよね。
中産階級で、コンプレックスのある人間だけが、被るだの
なんだのと気にするのです。器が小さいのです。

それ以外はおおむね同意いたします。
5. Posted by 著者(広告β)   2007年11月30日 02:35
>mb101boldさん
お世話になっております。このエントリの起点は、上記したとおりmb101boldさんのエントリにあります。
企業はなぜ拡大するか、これは私も大変不思議に思います。なにか生き急ぐように、また何かの奴隷であるかのように、拡大していきますよね。これを企業経営者のパーソナリティに還元して良いのかどうか、わたしにはわかりません。何かもっと大きな力が、人間や社会というシステムに働いていると感じます。
ユニクロについては、焦っているのかなと思います。やはり世界規模の競合は、H&Mに限らず巨大ですから。柳井さんの思考レイヤーはそのあたりにあるのではないかと思います。
無印は、よくやっていると思います。ただご指摘のように、製品は「これでいい」でも、一私企業が「これでいい」というスケール調整を行うのは困難ですね。これは重要な問題と思います。
6. Posted by 著者(広告β)   2007年11月30日 02:43
>Tさん
ご指摘の点(被ることを気にするか)は、定量的に議論するのが難しい点かと思います。私の脳内では、レイトカマー内でさえ飽和しはじめた様子をアーリーアダプターが見て、敬遠しはじめたみたいなイメージでした。
文脈のつなぎが悪かったかなと反省なのですが、「アウトになった」の点は、販売スケールを大きくしすぎて消費者側の許容スケールを超えてしまったのかなと、私はそういう風に捉えております。これは被る被らないもそうですし、単に需要を超えていたという意味もあると考えています。厳密に言うと、これはユニクロが特にそうで、無印の場合は商品レンジを広げすぎたこと、その際に(それまでの)無印らしさを生かせない商品にまで手を広げてしまっていたこと、そのあたりが該当するかと思います。無印は90年代最後、ユニクロは03〜05年くらいのことでしょうか。
7. Posted by ゾン子   2007年11月30日 11:28
>>「普通とは遅れてきた最先端だ」
普通という概念に日夜苦労しているので、この言葉に感銘を受けました。
8. Posted by mb101bold   2007年12月03日 15:08
こちらこそいつもお世話になっております。読み応えのある広告ブログは、私のブログを書く励みです。
生き急ぐようにというのは、こちらから見ると、本当にその通りですねえ。ユニクロもついに世界が見えるようになってきた、ということでしょうか。拡大というものの魔力なんでしょうね。
無印的なスケール調整を行うことは、やるほうも我々のような提案する側も現実問題としては難しいです。これからの時代は、こういう調整が重要になってくるような気もします。その対価をどうするかも含めて。
今後ともよろしくお願いします。
9. Posted by policy   2008年03月05日 23:06
ユニクロと無印とを最終的に違います。無印は国内でしか成り得なかった。ユニクロはNYに出店しこれから世界規模での市場拡大となるでしょう。GAPに取って代わるでしょうね。無印も全盛時代は広告表現も良かったですよ。ユニクロはW&KのYシャツのドミノ倒しとそのクオリティは高いです。ユニクロの海外サイトを観ればそのグローバルが明らかになります。ブログは個人の主張ですがより具体的に詳細に語るべきことだと思います。無印もユニクロも夫々1冊の本になるないようです。あらしではございませんが言葉の彣が気になりましたので。
10. Posted by london   2008年03月31日 07:16
両社が一緒だとは思いませんが
無印も十分海外展開できていると思いますよ。
韓国、英国で見た限りで恐縮ですが。UNIQLOもMUJI
も普通よりちょっといい物として捉えられていると思います。同じようにハイストリートに並んでます。無印はちょっとエコなイメージが特に今
良いように思います。
11. Posted by かとうさしわ   2009年02月18日 17:02
日本においてはユニクロや無印は着ていても、持っていてもかっこ悪くないイメージを作ることに成功したということができそうですね。

20年前は地方にしかなかったユニクロの服を着ているのがばれたら恥ずかしかったような気がしますが、東京やロンドン、NYなどへの進出・流行クリエーターによるプロモーションなどを経て、ユニクロで何が悪いの?と開き直れる人たちが増え結果日本の特に地方でカジュアルウェアとして圧倒的に売れ続ける構造が出来たのが成長の糧となったのだと思います。
ユニクロの品質なら北米でも勝てる可能性はあるのでぜひがんばって欲しいですね。

12. Posted by メル友   2009年10月03日 17:26
こんにちは。サイト拝見しました。とても良い記事ですね。最近私のサイトを作ったのでよかったらどうぞ見て行ってください
13. Posted by 逆援助   2009年11月06日 15:09
ユニクロは品質もいいので重宝しています!!
これからも楽しみです。

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