2008年03月18日
排泄モデルと発酵モデル
うだうだしているうちに、最終更新から1ヶ月以上も経ってしまった。
忙しかったのもあるのだが、要は、面倒くさかったのである。
面倒くさい。長文を書きすぎなのかもしれない。
面倒くささについて、最近考えている。
私は、相当な面倒くさがりなのである。筆無精だし出不精である。
梅田望夫氏の著書のどこかで、怠惰な人はダメだというようなことが書いてあって、
激しく同意しつつも、非常に焦ったりしている。
今年は、なんとしても「面倒くささ」を打破したい。
そのためにうだうだと考えていたら、仮説第一弾ができた。
その仮説はこうだ。
「熟考すれば、よい判断ができるというのは(多くの場合)誤りだ」。
多くのものは、その場でとりあえずアウトプットしておけばよい。
ただし、これでは、直感が重要だというのと大差ない。
おそらく、排泄モデルと発酵モデルというものがある。
食べ物の例えにしてみたが、食べ物は、基本的には放っておくと腐る。
しかし、ものによっては、うまく腐らせると発酵して、おいしくなる。
そのあたりを応用して考えてみた。
やるべきことや考えておくべきことには、放っておくと腐るだけのものと、
うまく腐らせて発酵させるべきものがある。
思った以上に多くのものは、後で考えても同じである。
これは、排泄モデルで考えるべきで、さっさと出さないと健康に悪い。
排泄することによる快感も得られるので、とっとと排泄すべき。
来たメールに、さくっと返事を返すと、なんとまあ、排泄並みの快感である(笑)。
ところが物事には、すぐ排泄しない方がいい場合もある。
特に広告のアイデア開発などは、ウンウンうなった後、すぐに排泄せず、
寝かしてからアウトプットした方がよいことがある。あるいは、突然思いついたりする。
こういうのは排泄モデルではなく、発酵モデルで考える。
とりあえずウンウンうなって(発酵準備)、書き出して放っておく。
先週あたりから、プライベートや仕事のやるべきことを、「発酵もの」「排泄もの」に
分けて処理をすることにした。まずは、最初にどちらに該当するか判断する。
「発酵もの」は、最初に集中して短時間考え、一応の結論を書き、寝かせる。
「排泄もの」は、来た順番に片付けていく。早計かな、と思うが、たぶん寝かせたところで
結論は大して変わらないはずなのでどんどん排泄する。なかなか快感である。
それで、一段落ついたところで「発酵もの」の様子を見る。まだなら寝かしたまま。
このモデルが有用かどうかはまだ結論が出ないのだけれど、
どんどん排泄して、腸(脳)を空っぽにしておくことは大切なのだと感じる。
ある程度空っぽにしておかないと、新しい情報が入ってこないためである。
しかも貯めすぎると便秘状態になり、機嫌が悪くなり、本当は大して忙しくないのに
「忙しい、これは○○が悪いんだ!」と八つ当たりを始めてしまう。
いつも空っぽにしておけば、便通すっきり、さわやかである。
発酵に関していうと、考えた上で一応の結論を書いてしまっていても、
なんとなく自分では考えているもので、何か別の瞬間に「あ、あれか!」と思いついたりする。
それで、またその新しい考えを書き込んで、また寝かせる。
おそらく、ウンウンうなっている時間というのは、思考の準備であって思考ではない。
思考の本番は、そのあと、寝たり食べたりしているときに行われているのだろう。
というわけで、しばらくは排泄&発酵モデルで進めてみる。
・・・また長文になってしまった。

