2009年10月04日
一方ロシアが鉛筆を使うには
ちょっと好きなジョークがある。
トヨタだったか、彼らは「なぜ?」を5回繰り返すという。徹底的に考えて、カイゼンを進めていく。この徹底した態度は重要だ。しかしこれとはまた異なる、デザイナーの考え方が好きだ。彼らは、「なぜ?」から入っていって、最後は「もし〜だったら」で出てくる。
冒頭のジョークでいうと、無重力状態でボールペンが書けないというところで「なぜ?」がはじまる。このまま「なぜ?」を繰り返すと、インクが無重力では機能しない、というところへ行き、そこからインクの液体としての特性がどうのこうの、という方面に解決を求めていくのだろう。でも、「なぜ?」を繰り返すと、袋小路に入っていくことがある。どこかで、「もし」を使わないといけない。「もし、ペンでなくてもよかったとしたら」。
コロンブスの卵も、似たところがある。あの話は、周りの人が「そんなことだったら俺にだってできたよ」という反応に対する「最初にやることが重要なんだよ」という教訓のようだが、おそらく別の教訓がある。つまり、卵を割って立てることが重要なのではなくて、卵を割ってもいいという前提をつくりだせるかどうか、が重要なのだと。「もし、卵を割っても良かったとしたら」。
仕事で、客先の偉い人と対面することがある。偉い人物はたいていおもしろい。彼らのおもしろさは、世界に対する仮定にある。自分が思いもつかなかった前提で世界を見ている。実際に彼らの口から出てくるのは、その前提に立った上での世界に対する感想なのだけれど、おもしろい前提がそこから透けて見えてくる。彼らのすごさは、前提のすごさだ。言い換えると、「もし」のすごさだ。
アインシュタインのこの言葉が好きだ。「問題をつくりだした時と同じ考え方では、その問題を解決することはできない。」ここでいう「考え方」というのは、前提となる世界観、「もし」のことだと思う。もし、卵を割ってもいいのだとしたら、もし、リンゴは落ちているのではなくて引っ張られているのだとしたら。もし、宇宙空間で使うのがボールペンでなくてもいいとしたら。
アメリカのNASAは、宇宙飛行士を最初に宇宙に送り込んだとき、無重力状態ではボールペンが書けないことを発見した。実話ではないらしいが、なにか、重要なことが含まれているような気がする。
これではボールペンを持って行っても役に立たない。
NASAの科学者たちはこの問題に立ち向かうべく、10年の歳月と120億ドルの開発費をかけて研究を重ねた。
その結果ついに、無重力でも上下逆にしても水の中でも氷点下でも摂氏300度でも、どんな状況下でもどんな表面にでも書けるボールペンを開発した!!
一方ロシアは鉛筆を使った。
トヨタだったか、彼らは「なぜ?」を5回繰り返すという。徹底的に考えて、カイゼンを進めていく。この徹底した態度は重要だ。しかしこれとはまた異なる、デザイナーの考え方が好きだ。彼らは、「なぜ?」から入っていって、最後は「もし〜だったら」で出てくる。
冒頭のジョークでいうと、無重力状態でボールペンが書けないというところで「なぜ?」がはじまる。このまま「なぜ?」を繰り返すと、インクが無重力では機能しない、というところへ行き、そこからインクの液体としての特性がどうのこうの、という方面に解決を求めていくのだろう。でも、「なぜ?」を繰り返すと、袋小路に入っていくことがある。どこかで、「もし」を使わないといけない。「もし、ペンでなくてもよかったとしたら」。
コロンブスの卵も、似たところがある。あの話は、周りの人が「そんなことだったら俺にだってできたよ」という反応に対する「最初にやることが重要なんだよ」という教訓のようだが、おそらく別の教訓がある。つまり、卵を割って立てることが重要なのではなくて、卵を割ってもいいという前提をつくりだせるかどうか、が重要なのだと。「もし、卵を割っても良かったとしたら」。
仕事で、客先の偉い人と対面することがある。偉い人物はたいていおもしろい。彼らのおもしろさは、世界に対する仮定にある。自分が思いもつかなかった前提で世界を見ている。実際に彼らの口から出てくるのは、その前提に立った上での世界に対する感想なのだけれど、おもしろい前提がそこから透けて見えてくる。彼らのすごさは、前提のすごさだ。言い換えると、「もし」のすごさだ。
アインシュタインのこの言葉が好きだ。「問題をつくりだした時と同じ考え方では、その問題を解決することはできない。」ここでいう「考え方」というのは、前提となる世界観、「もし」のことだと思う。もし、卵を割ってもいいのだとしたら、もし、リンゴは落ちているのではなくて引っ張られているのだとしたら。もし、宇宙空間で使うのがボールペンでなくてもいいとしたら。
もし本当に画期的なアイデアだったら、背景となる知識・経験が他人とちがったものになっているはずなので、しゃべっても絶対に理解してもらえないから大丈夫。仮説思考が重要だ、ということがよく言われる。仮説を持つことで、無駄な作業が減るし、考えがシャープになる。しかしそれだけではなく、「なぜ」だけでは袋小路に入っていくし、個別最適な解決になってしまうことを防ぐ「もし」の重要さもあるはずだ。強力な「もし」は、汎用性があるし、コピーされにくい。すぐれた商品やサービスの背景には理論があるし、その理論の背景には「もし」という名前の世界観がある。真にコピーすべきは、そこなのだろう。
(自分の考えたアイデアを内緒にしたがるひと - はてなポイント3万を使い切るまで死なない日記)
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1. 法律家と”Think Outside the Box” [ インターネット大好き小池さんのブログ ] 2009年10月05日 09:54
一方ロシアが鉛筆を使うには? 広告β:一方ロシアが鉛筆を使うには http://kokokubeta.livedoor.biz/archives/51669407.html でも、「なぜ?」を繰り返すと、袋小路に入っていくことがある。どこかで、「もし」を使わないといけない。「もし、ペンでなくてもよかったとした
2. 水平思考(ラテラルシンキング)のお話 [ kubolog - クボログ:久保のブログ - ] 2009年10月15日 23:11
この話がおもしろいと思った。 ==== アメリカのNASAは、宇宙飛行士を最初に宇宙に送り込んだとき、 無重力状態ではボールペンが書けないことを発見した。 これではボールペンを持って行っても役に立たない。 NASAの科学者たちはこの問題に立ち向...
この記事へのコメント
1. Posted by てん 2009年10月04日 17:05
「もし〜だったら」という思考が巷でよく言われる「破壊的イノベーション」の元なのかも知れませんね!
2. Posted by ぢたばた 2009年10月04日 23:04
無重力状態で鉛筆を使うと、炭素の飛沫が空中を漂います。万が一でも電子回路に付着すると故障するので、回路を気密化してもなお、そのようなリスクを使わない慎重さが求められたのではないでしょうか。
3. Posted by あーあ、、、 2009年10月05日 08:20
いい文章も、
↑のような人が読むと、そう解釈されるのね。
例え話から、例え話以上のことが言えない人って痛いなぁ。。
「慎重さが求められたのでは」って。。。
論点ずれもいいところ。
↑のような人が読むと、そう解釈されるのね。
例え話から、例え話以上のことが言えない人って痛いなぁ。。
「慎重さが求められたのでは」って。。。
論点ずれもいいところ。
4. Posted by おれおれ 2009年10月05日 10:07
↑↑ろしあのうちゅーせんはしんくうかんだからへいきだお。
5. Posted by maakunh 2009年10月05日 11:45
↑↑↑だから、やはりジョークであり、実話ではないのでしょうね。
6. Posted by とりちがい 2009年10月05日 17:16
「なぜ?」の方向を取り違えていらっしゃるのでは?
手段の方に使うから袋小路にはいるのでしょう。
目的の方に使えば本質的な解決にも、イノベーションにも繋がります。
×「なぜ宇宙ではボールペンがかけないのか?」
○「なぜ書く必要があるのか?」
手段の方に使うから袋小路にはいるのでしょう。
目的の方に使えば本質的な解決にも、イノベーションにも繋がります。
×「なぜ宇宙ではボールペンがかけないのか?」
○「なぜ書く必要があるのか?」
7. Posted by いた 2009年10月08日 08:46
8. Posted by culin 2009年10月13日 18:18
一方日本人はケータイのメモ機能を使った。
9. Posted by hhoshiba 2009年10月18日 09:27
「創造性というのは前提をどれほど豊富に持てるかだ」って言っていたのは司馬遼太郎さんだと思う。
広告においての「創造性」ということばを「想像性」に置き換えると、みんなもっとラクになる。「前提」の「想像」でいいんだから。「創造性」っていうとジーザス・クライストのような行いをせにゃならんと肩肘に力が入る。
広告においての「創造性」ということばを「想像性」に置き換えると、みんなもっとラクになる。「前提」の「想像」でいいんだから。「創造性」っていうとジーザス・クライストのような行いをせにゃならんと肩肘に力が入る。

